2027年および2029年をもって終了するMCA無線。その背景には、総務省が推進する PSMS(Public Safety Mobile System/公共安全モバイルシステム)への移行があります。

これは単なる通信方式の更新ではありません。日本の公共安全通信が「専用無線モデル」から「分業型セルラー基盤モデル」へと移行する構造転換です。

本記事では、

  1. MCA無線の歴史と役割
  2. 総務省が定義するPSMSという制度
  3. 3GPP国際標準MCXの基礎
  4. 公開情報から読み取れる構造変化
  5. 導入・設計の観点からの示唆

という流れで整理します。

<目次>

  1. MCA無線とは何か ― 歴史・役割・終了の背景
  2. PSMS(公共安全モバイルシステム)とは ― 総務省が定義する制度
  3. ミッションクリティカル通信とは ― 3GPP国際標準MCXの基礎
  4. PSMSがもたらす構造転換 ― 垂直統合から分業型モデルへ
  5. FRMCSとPSMSの技術的近接性 ― 鉄道通信との接点
  6. PSMS導入における設計課題 ― 標準準拠・相互接続性・責任分界
  7. PSMSの今後 ― 5G・衛星・アクセス多様化の可能性
  8. 結びに
  9. 参考情報(公式公開資料)

1. MCA無線とは何か ― 歴史・役割・終了の背景

MCA(Multi-Channel Access)無線は、1980年代以降、日本の業務通信を支えてきた専用無線サービスです。警備、交通、インフラ、自治体など、多くの現場で利用されてきました。

最大の特徴は、携帯電話網とは独立した専用通信基盤を持ち、一定の閉域性と安定性を確保できる点にありました。災害対応や社会インフラ分野において、専用無線は長年にわたり合理的な選択肢でした。

しかし通信環境は大きく変化しました。音声中心の通信から、映像、位置情報、データ共有を含む統合通信へと要求は高度化しています。また、設備更新コストや利用者数の減少といった構造的課題も顕在化しました。

MCAが長年役割を果たしてきたからこそ、その限界も明確になり、次世代基盤への移行が制度的に整理される段階に入ったのです。


2. PSMS(公共安全モバイルシステム)とは ― 総務省が定義する制度

総務省は、携帯電話技術を活用した公共安全向け通信基盤としてPSMSを推進しています。

PSMSは、平時は業務通信として活用しつつ、災害時には関係機関間の通信および情報共有を確保することを目的とした制度です。当初は「PS-LTE(公共安全LTE)」として検討されていましたが、制度名称はPSMSへと整理されました。

公開資料からは、
 ・ 商用セルラー技術の活用
 ・ 優先制御や閉域制御による通信確保
 ・ 複数回線活用による冗長性確保

といった設計思想が読み取れます。PSMSは単なる技術導入ではなく、制度として設計された公共安全基盤です。


3. ミッションクリティカル通信とは ― 3GPP国際標準MCXの基礎

PSMSを理解する上で重要なのが、「ミッションクリティカル通信」という概念です。

ミッションクリティカル通信とは、災害対応や公共安全、鉄道運行など、通信断が許されない用途を前提とした通信サービスを指します。

この分野の国際標準を策定しているのが 3GPPです。

3GPPでは、ミッションクリティカルサービスを総称して MCX(Mission Critical Services) と定義しています。

MCXは主に以下の三つのサービスで構成されます。

MCPTT(Mission Critical Push-To-Talk)
無線機のようにワンプッシュで通話できる即時音声通信。グループ通話や優先制御、緊急割り込みなどを標準化しています。

MCVideo(Mission Critical Video)
現場映像をリアルタイムで共有するための映像通信。災害現場や警備用途などを想定しています。

MCData(Mission Critical Data)
テキスト、位置情報、ファイルなどのデータ通信を高信頼で扱う仕組みです。

これらは特定メーカー独自の仕様ではなく、国際標準として定義されています。分業型モデルでは、この標準準拠が相互接続性の基盤となります。


4. PSMSがもたらす構造転換 ― 垂直統合から分業型モデルへ

公開情報を構造的に整理すると、PSMSは従来の専用無線モデルとは異なるアーキテクチャを持ちます。

MCA無線は、ネットワークから端末までを一体的に提供する垂直統合型でした。

一方、PSMSでは、
 ・ 通信キャリア
 ・ 専用コア設備や制御レイヤ
 ・ 端末メーカー
 ・ アプリケーションベンダー

が役割を分担する分業型構造が前提となります。

分業型モデルでは、各レイヤ間の整合設計が不可欠です。その整合性を支える共通基盤が、3GPP標準およびMCXです。


5. FRMCSとPSMSの技術的近接性 ― 鉄道通信との接点

現時点で総務省がPSMSと鉄道通信の統合を政策として明示しているわけではありません。

しかし、技術基盤が3GPP国際標準である以上、欧州で進むFRMCS(Future Railway Mobile Communication System)との技術的近接性は否定できません。

FRMCSもまた、セルラー基盤上でミッションクリティカル通信を実現する構想です。用途や制度は異なりますが、標準という観点では共通基盤を持ちます。

これは政策決定事項ではなく、標準構造から導かれる示唆として位置づけるのが適切です。


6. PSMS導入における設計課題 ― 標準準拠・相互接続性・責任分界

この構造転換は、通信方式の置き換え以上の意味を持ちます。

専用無線モデルでは、一社との契約で完結する設計が可能でした。しかしPSMSでは、複数プレーヤーが関与する分業型構造となります。

導入・設計の観点から見ると、
 ・ レイヤ間の責任分界
 ・ 標準準拠の確認
 ・ 相互接続性の担保
 ・ 冗長性の設計
 ・ 長期運用時の安定性確保

といった論点が重要になります。

部分最適ではなく、制度・標準・構造を横断した整合設計が求められます。


7. PSMSの今後 ― 5G・衛星・アクセス多様化の可能性

総務省資料からは、冗長性や安定運用を重視する思想が読み取れます。

その延長線上には、将来的なアクセス多様化の可能性もあります。5G、プライベートネットワーク、さらには非地上系ネットワーク(NTN)を含む衛星通信などが、災害時の補完経路として検討される可能性があります。

ただし、これらは現時点で制度として確定している事項ではありません。進化方向としての示唆にとどめるのが適切です。


8. 結びに

MCA無線の終了は、一つの通信方式の終焉であると同時に、新しい公共安全基盤の始まりです。

総務省が定義するPSMSは制度としての枠組みを示しています。公開情報を構造的に整理すれば、分業型セルラー基盤への移行が読み取れます。そして3GPP国際標準という共通基盤を踏まえれば、将来的な技術的広がりも見えてきます。

公共安全通信は、技術単体の議論から、制度と構造を含む設計の議論へと重心を移しています。


9. 参考情報(公式公開資料)

 ・ 総務省「公共安全モバイルシステム(PSMS)」
 ・ 総務省「PSMSの機能」
 ・ 総務省「PSMSの事例」
 ・ 総務省 広報資料(令和6年1月号)

※ 本記事は総務省公開資料および公開情報に基づき、制度と技術の観点から構造的に整理したものです。


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